先週土曜日、東京建築コレクションの公開講評会を覗いてきました。展示だけみてすぐ帰ろうかと思っていましたが、ちょっと講評会が面白かったのでついずっと。午前プレゼンがあり午後はそれぞれの作品に対して「講評」を行う場という設定。
結果としてなんですが、今年のものは審査員の構成バランスが非常によかったです。ものすごい正統派な大野秀敏さん、社会性を重視(私的な論理を批判)の山本理顕さん、正しくも信念を曲げない山本さんの独壇場を許さない役割として対抗馬の長谷川逸子さん、アイディアマンらしい変わった視点を投げかける手塚貴晴さん、私的な論理を批判しつつもかっこ良い悪いのデザインに動物的に反応する伊東豊雄さん、修士設計として地味だけどきちんとしているものも拾うべきだという六鹿さんにまとめ上手の古谷誠章さん。
建築家の考えるべき社会性とは何かという議論、均質な空間にいると身体まで均質になるという空間追求の原点、日本の最低レベルの都市デザインに対しての課題の投げかけ、近年の建築家のインスタレーション急増を受けての建築家をていのよいアーティストとして扱いつつあるギャラリーとの関係性に示された強い危惧等。全国の大学院の修士設計にふさわしいものという議論として様々な課題が出た会。というよりTKCが5年目に入りその修士設計に求められる基準が整理されてきた感があります。これは極端に言えば日本の建築家としてどうあるべきかという方向性を社会に対して提示するもの。そこに修士設計と卒業設計の違いがあるのだという感じでしょうか。近年多く行われている卒業設計展でもここ5~10年話題になっているように、私的な論理で作られるものが多いのは確か。それらは往々にして個人的な感覚からスタートするものの、外的要因を外して「見たことないもの」を設計しようとするわけですが(そのためにわざと外的要因を外して私性を武器にする、というのも私性の流行りにのった後発的な傾向)、やはり修士レベルでは私的な論理ではなく社会性・プロジェクトの意義・建築学的な位置づけが必要であるというのは明らかなんだと思います。
そこまではよくある議論ですが今回は、その社会性というのはどういうものか、それは建築の発展において・建築家の仕事としてどれくらいの重要な位置づけなのかという議論がされたのがよかったです。当然簡単に答えは出ないわけですが、山本さんのように建築家としての前提であるとするのも、大野さんのように実務では施主がいて社会性は予めプリセットされているわけだからテーマを自分で決める修士設計において社会派テーマを選んだから社会性があると評価するのは少し違うというのにも納得。僕は、プロジェクトが一見社会と関係ない例えば形の論理等であっても、それが建築学のフィールドになんらかの寄与をするもの(設計手法に対して、とか)であれば十分社会的であると言うことができると思います。逆に言うと、そのような建築学に対する何がしかを持っているか否かが修士設計に求められるものでは、と。私的な論理で建築作ってこれいいでしょというのは問題外として、社会性ある(と言われる)テーマを扱ったからといってもそれだけでは修士設計としては不十分、提案の投げかけのみではない何がしかの「検証」や「意義の提示」があってしかるべきかと思います。その意味では手塚さんが最後に指摘したように、インスタレーションに近く提案の投げかけに終わっているグランプリ案には(新しいものを作ってはいたけど)若干反対です。
個人的には伊東さんも推していた「109カテドラル」がよかったです。それがNPOなんたらだと知ったときは?でしたが、カテドラルという祝祭性を伴った非日常の公共空間(という扱いだったような)を109という場所に求めるもの、建築も面白かったし(特に六角形の開口の変形で全体が構成されているのが、局所的な課題を解決しながら統一をもたらすという意味でよかった)、GLのデザインはよくわからなかったものの広いレベルで都市との関係を持っていたように思えました。それこそ一番卒業設計っぽい作品でしたが。
2011/03/09
2010/09/21
BIGのビャルケ・インゲルス(by TED)
ビャルケ・インゲルスのTEDでのプレゼンです。ユーモアを持って合理的に突き進むことで新しいものを生み出す(革命ではなく進化だと言っています。我々は何かに対して反抗しすぎだと)というBIGの思考が、Yes is More という語に全て表されているようです。オジ様方は眉につばという感じで見ている建築家だとは思いますが、単純に面白いですし、面白いだけでなく大きな力を動かす説得力を持ってることがわかるでしょう。
http://www.ted.com/talks/lang/jpn/bjarke_ingels_3_warp_speed_architecture_tales.html
(左下subtitle 欄で各国語字幕を選べます。これって何気に凄いことだと思うんですが笑)
http://www.ted.com/talks/lang/jpn/bjarke_ingels_3_warp_speed_architecture_tales.html
(左下subtitle 欄で各国語字幕を選べます。これって何気に凄いことだと思うんですが笑)
2010/06/16
555 Kubiki
ビルのファサードへ映像を投影するインスタレーションで、ハンブルグのOM ウンガース設計の"Galerie der Gegenwart" の壁面をものを発見しました。驚くべきアイディアと技術という印象ですが、映像として主に古典的なボキャブラリーを使っているところがウンガースの建築と対応していて上品さを感じます。
ネタ元は http://vimeo.com/5595869
555 KUBIK | facade projection | from urbanscreen on Vimeo.
ネタ元は http://vimeo.com/5595869
555 KUBIK | facade projection | from urbanscreen on Vimeo.
2010/03/13
グラフィック, メソッド, アーキテクチュア
最近あまり更新できていないことに後ろめたさを感じ、写真でも貼ってみようと思っており、なんとなくですが、とある日のノートを晒してみます。この日は何か打合せのページの途中から何故かグラフィックとメソッドとの関係を考え始め、アイディアを書き留めたものです。一コマ30秒くらい?でどんどん書いていって事後的にそれが何を意味するか、それによって何が可能かを考える、という自主トレ的な感じでしょうか。常に体を鍛えねば、と。
通常グラフィックとはなんらかのメソッドによって作成されるものと言えるでしょう。しかし私達は常に視覚によって得た情報を事後的に解釈し、それに勝手にメソッドを与えているものです。建築にはアイディアを表現するために、メソッドをグラフィック化するという作業がつきまとっているわけですが、その逆の思考を辿ることで何か導かれるものがあるのではないか、という方法論の模索です。
2010/02/03
吉村靖孝さんのセルフ吉村論
「建築家の読書術」吉村靖孝さんの会を聴講して来ました。読んだ本を順に説明しながら、古谷研的思考・MVRDV的思考・その後の思考を巡るセルフ吉村論となっており、非常に明快で面白かったです。吉村さんは僕の遠い先輩、読んでいる本など(特に自分の論文でも扱おうとしている『Code』『監獄の誕生』など)かなり近く、自分の思考が遠い先輩の支配下にあることを再確認させられましたw もちろん意識的にやっている部分はありますが。
ということで、レクチャーが非常にわかりやすかったので、レクチャーの構成そのままに20の本を順に挙げます。(だいたいレクチャー通りのつもりですが、勝手な意訳もしてるかも)
まずは1994-1999に在籍していた古谷研時代の本ということで8冊。吉村さんの関わった仙台メディアテークコンペ古谷案の時の話から建築が行為を規制しないことの可能性を探りたいと、フィルタリングによって「見たいものしか見なくて済む」という社会が果たしていいのかどうか?というテーマから、不完全さを担保するためのコードを考える環境管理型の社会をいち早く提言した
ローレンス・レッシグ, 山形浩生訳『Code』翔泳社, 2001
その環境管理型の社会という概念の起源として、パノプティコン(視線の一方向性が重要)の規律訓練型権力を扱った
ミシェル・フーコー, 田村俶訳『監獄の誕生 監視と処罰』新潮社, 1977
フーコーの規律訓練型権力(監視)が社会に溶け込んでしまう可能性を示唆したものとして
ジョージ・オーウェル, 高橋和久訳『1984』早川書房, 2009
ビッグブラザーが主人公を監視するという中で、裏切られて矯正されていく主人公が最後に、(怯えて暮らしていたんだけど最終的に監視されていることを忘れて)「ビッグブラザーを愛していた」と言ってしまうということが、社会に対する批判に読めるという。
そのような世界認識の違いとして、環境と環世界(生物ごとに環境から選びとった別の視覚世界)を描いた
ユクスキュル + クリサート, 日高敏隆・羽田節子訳『生物から見た世界』岩波書店, 2005
個体間の距離など視覚だけではない、文化を左右する環境とは何か、つまり人間界における環世界的なものを扱おうとする
エドワード・ホール, 日高敏隆・佐藤信行訳『かくれた次元』みすず書房, 1970
『かくれた次元』の続きとして、文化による環世界(つまり、建築のマナー、ふるまい、といった具体的かつ行動の常識を作っていくもの達)と読める
バーナード・ルドフスキー, 多田道太郎監修, 奥野卓司訳『さあ横になって食べよう』鹿島出版会, 1999
そういった、計画しきらずにいかに計画するかという根源的なテーマを建築設計論として実行しようとする
クリストファー・アレグザンダー他, 平田翰那訳『パタンランゲージ』鹿島出版会, 1984
パタンランゲージが持つオープンソース的思想、つまりいかにユーザーと一緒にものを作るか、という問題についてなんでも放任すればいいわけではない、うまく使われるように作るとはどういうことかを論じた
エリック・スティーブン・レイモンド, 山形浩生訳『伽藍とバザール』光芒社, 1999
その実践版と読め、翻訳という行為(特に既に翻訳があるのに再度翻訳するなど)が持つ、(『伽藍とバザール』における)アップデートしたくなる感はどういう動機によるかということ等が熱く語られた
村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』文藝春秋, 2000
という前半には、いわゆるアーキテクチャ型の思想が語られました。そして後半は1999-2001のMVRDV所属時に読んだ、(MVRDV的な)都市論に寄っていく本。
架空の都市を伝聞で記述し、「都市を記述する」ことは「都市を読みこむ」ということだけではなく「都市をつくる」ことになるのではという発想に至ったきっかけの
イタロ・カルヴィーノ, 米川良夫訳『見えない都市』河出書房新社, 2003
MVRDV的都市の切り口のツールとしての統計の操作法についての
ダレル・ハフ, 高木秀玄訳『統計でウソをつく方法』講談社, 1968
その統計のウソを暴き、環境問題を特権的に主張するのではなくきちんと優先順位(とそのバランス)を重視すべきという
ビョルン・ロンボルグ, 山形浩生訳『環境危機を煽ってはいけない』文藝春秋, 2003
MVRDVが数字で都市を記述しようとしたのと同様、木を描くということが単純なルールの設定であるという記述そのもの本質を感じさせる絵本として
ブルーノ・ムナーリ, 須賀敦子訳『木を描こう』至光社, 1999
そういったものごとの記述として、プロテスタンティズム的規律型社会とも言えるオランダの都市についての記述であるとも読める
マックス・ウェーバー, 世良晃志郎訳『都市の類型学』創文社, 1965
アイソタイプ・ピクトグラムなどを使って世界を記述しようとする
展覧会カタログ『世界の表象 オットー・ノイラートの世界』武蔵野美術大学美術資料図書館, 2007
以上のような数学的な記述に関心があったということで
M・C・エッシャー, 坂根厳夫『無限を求めて』朝日新聞社, 1994
色について、認識についての斬新な記述法としての
ルードウィヒ・ウィトゲンシュタイン, 中村昇・瀬嶋貞徳訳『色彩について』新書館, 1997
全住宅を同スケールにて淡々と提示するという「ものさし」が建築の記述法を変える可能性として
東京大学工学部建築学科安藤忠雄研究室『ル・コルビュジエの全住宅』TOTO出版, 2001
そしてMVRDVの師匠であるレム・コールハースが審査したコンペについての特集で、何がポイントなのかよくわからない(から解釈しようと何度も読んだ)という
レム・コールハース「新建築住宅設計コンペ1992 House with No Style」(『JA No.9 1993年春号』新建築社, 1993 所収)
レムのダリについての記述と、ダリとラカンの関係(とジジュクの関係)からレムを想起させるという
スラヴォイ・ジジュク, 鈴木晶訳『斜めから見る』青土社, 1995
という感じで、吉村さん自身の出自に照らし合わせてアーキテクチャ概念からそれによる都市/建築の記述(可視化というテーマ)に至るまで、当時読んで影響を受けた本からセルフ吉村論を展開するという流れでした。
倉方俊輔さんの、「吉村さんが超合法建築でやったヘンテコなものが持っている秩序の可視化といった明快さ」と「変なものに変なものをぶつけたりと作品で見せるわかりにくさ=非一元化」という一見相反する思考がこのレクチャーで合致したという指摘もなるほど、という感じ。葉山のリノベ作品を例に、もともとある変な既存という普通に考えると有限の範囲の「文脈」に、さらに変なものを「MVRDV的明晰な論理操作」と共に付加することで、他者性を持ち込み、文脈の多元性を作り出しているのではないか、という指摘でした。
まとめは建築というものは都市の中で「可視性を増す」ことが可能であるという観点において重要なメディアと言えるのでは、ということでした。
個人的には、『Code』でレッシグが挙げている4種のコード「法」「市場」「規範」「アーキテクチャ」の中で、吉村さんが『超合法建築図鑑』で秩序の可視化(=「法」)を試み、MVRDV時代に「市場」をダイレクトに反映したような設計手法を体験し、慣習とほぼ同義の「規範」はルドフスキーや今和次郎が昔やったことだとすると、残る「アーキテクチャ」的概念について、吉村さんがどう考え、建築との関係性において何を重視しているかを聞きたかったのですが、質問時間が少なく質問できず。いつか別の機会に。
ということで、レクチャーが非常にわかりやすかったので、レクチャーの構成そのままに20の本を順に挙げます。(だいたいレクチャー通りのつもりですが、勝手な意訳もしてるかも)
まずは1994-1999に在籍していた古谷研時代の本ということで8冊。吉村さんの関わった仙台メディアテークコンペ古谷案の時の話から建築が行為を規制しないことの可能性を探りたいと、フィルタリングによって「見たいものしか見なくて済む」という社会が果たしていいのかどうか?というテーマから、不完全さを担保するためのコードを考える環境管理型の社会をいち早く提言した
ローレンス・レッシグ, 山形浩生訳『Code』翔泳社, 2001
その環境管理型の社会という概念の起源として、パノプティコン(視線の一方向性が重要)の規律訓練型権力を扱った
ミシェル・フーコー, 田村俶訳『監獄の誕生 監視と処罰』新潮社, 1977
フーコーの規律訓練型権力(監視)が社会に溶け込んでしまう可能性を示唆したものとして
ジョージ・オーウェル, 高橋和久訳『1984』早川書房, 2009
ビッグブラザーが主人公を監視するという中で、裏切られて矯正されていく主人公が最後に、(怯えて暮らしていたんだけど最終的に監視されていることを忘れて)「ビッグブラザーを愛していた」と言ってしまうということが、社会に対する批判に読めるという。
そのような世界認識の違いとして、環境と環世界(生物ごとに環境から選びとった別の視覚世界)を描いた
ユクスキュル + クリサート, 日高敏隆・羽田節子訳『生物から見た世界』岩波書店, 2005
個体間の距離など視覚だけではない、文化を左右する環境とは何か、つまり人間界における環世界的なものを扱おうとする
エドワード・ホール, 日高敏隆・佐藤信行訳『かくれた次元』みすず書房, 1970
『かくれた次元』の続きとして、文化による環世界(つまり、建築のマナー、ふるまい、といった具体的かつ行動の常識を作っていくもの達)と読める
バーナード・ルドフスキー, 多田道太郎監修, 奥野卓司訳『さあ横になって食べよう』鹿島出版会, 1999
そういった、計画しきらずにいかに計画するかという根源的なテーマを建築設計論として実行しようとする
クリストファー・アレグザンダー他, 平田翰那訳『パタンランゲージ』鹿島出版会, 1984
パタンランゲージが持つオープンソース的思想、つまりいかにユーザーと一緒にものを作るか、という問題についてなんでも放任すればいいわけではない、うまく使われるように作るとはどういうことかを論じた
エリック・スティーブン・レイモンド, 山形浩生訳『伽藍とバザール』光芒社, 1999
その実践版と読め、翻訳という行為(特に既に翻訳があるのに再度翻訳するなど)が持つ、(『伽藍とバザール』における)アップデートしたくなる感はどういう動機によるかということ等が熱く語られた
村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』文藝春秋, 2000
という前半には、いわゆるアーキテクチャ型の思想が語られました。そして後半は1999-2001のMVRDV所属時に読んだ、(MVRDV的な)都市論に寄っていく本。
架空の都市を伝聞で記述し、「都市を記述する」ことは「都市を読みこむ」ということだけではなく「都市をつくる」ことになるのではという発想に至ったきっかけの
イタロ・カルヴィーノ, 米川良夫訳『見えない都市』河出書房新社, 2003
MVRDV的都市の切り口のツールとしての統計の操作法についての
ダレル・ハフ, 高木秀玄訳『統計でウソをつく方法』講談社, 1968
その統計のウソを暴き、環境問題を特権的に主張するのではなくきちんと優先順位(とそのバランス)を重視すべきという
ビョルン・ロンボルグ, 山形浩生訳『環境危機を煽ってはいけない』文藝春秋, 2003
MVRDVが数字で都市を記述しようとしたのと同様、木を描くということが単純なルールの設定であるという記述そのもの本質を感じさせる絵本として
ブルーノ・ムナーリ, 須賀敦子訳『木を描こう』至光社, 1999
そういったものごとの記述として、プロテスタンティズム的規律型社会とも言えるオランダの都市についての記述であるとも読める
マックス・ウェーバー, 世良晃志郎訳『都市の類型学』創文社, 1965
アイソタイプ・ピクトグラムなどを使って世界を記述しようとする
展覧会カタログ『世界の表象 オットー・ノイラートの世界』武蔵野美術大学美術資料図書館, 2007
以上のような数学的な記述に関心があったということで
M・C・エッシャー, 坂根厳夫『無限を求めて』朝日新聞社, 1994
色について、認識についての斬新な記述法としての
ルードウィヒ・ウィトゲンシュタイン, 中村昇・瀬嶋貞徳訳『色彩について』新書館, 1997
全住宅を同スケールにて淡々と提示するという「ものさし」が建築の記述法を変える可能性として
東京大学工学部建築学科安藤忠雄研究室『ル・コルビュジエの全住宅』TOTO出版, 2001
そしてMVRDVの師匠であるレム・コールハースが審査したコンペについての特集で、何がポイントなのかよくわからない(から解釈しようと何度も読んだ)という
レム・コールハース「新建築住宅設計コンペ1992 House with No Style」(『JA No.9 1993年春号』新建築社, 1993 所収)
レムのダリについての記述と、ダリとラカンの関係(とジジュクの関係)からレムを想起させるという
スラヴォイ・ジジュク, 鈴木晶訳『斜めから見る』青土社, 1995
という感じで、吉村さん自身の出自に照らし合わせてアーキテクチャ概念からそれによる都市/建築の記述(可視化というテーマ)に至るまで、当時読んで影響を受けた本からセルフ吉村論を展開するという流れでした。
倉方俊輔さんの、「吉村さんが超合法建築でやったヘンテコなものが持っている秩序の可視化といった明快さ」と「変なものに変なものをぶつけたりと作品で見せるわかりにくさ=非一元化」という一見相反する思考がこのレクチャーで合致したという指摘もなるほど、という感じ。葉山のリノベ作品を例に、もともとある変な既存という普通に考えると有限の範囲の「文脈」に、さらに変なものを「MVRDV的明晰な論理操作」と共に付加することで、他者性を持ち込み、文脈の多元性を作り出しているのではないか、という指摘でした。
まとめは建築というものは都市の中で「可視性を増す」ことが可能であるという観点において重要なメディアと言えるのでは、ということでした。
個人的には、『Code』でレッシグが挙げている4種のコード「法」「市場」「規範」「アーキテクチャ」の中で、吉村さんが『超合法建築図鑑』で秩序の可視化(=「法」)を試み、MVRDV時代に「市場」をダイレクトに反映したような設計手法を体験し、慣習とほぼ同義の「規範」はルドフスキーや今和次郎が昔やったことだとすると、残る「アーキテクチャ」的概念について、吉村さんがどう考え、建築との関係性において何を重視しているかを聞きたかったのですが、質問時間が少なく質問できず。いつか別の機会に。
2009/12/11
千葉学「大多喜町役場コンペ」講演会


@INAXギャラリー 建築家フォーラム
建築家フォーラム千葉学さんの講演会を聴講してきました。
前半は町役場コンペ案の背景としてのオフィスアーバニズムについて。過去のJAオフィスアーバニズム特集(阿部仁史+曽我部昌史+千葉学+小野田泰明)の紹介と九州に竣工した「子供の城」の紹介。後半は大多喜町役場のコンペとその後。以下要約(メモ)です。
ソニーの新しいオフィス、メディアが変わることでオフィス空間も変わるだろう、という前提での提案。もともとミースの均質空間からほとんど変わっていないという問題意識のもと、オフィス空間に興味を持っていた。普通(最近では少し高くなっても)天井高2800、窓からの距離も(最近では)長くて20mくらいの奥行程度とされるが、オフィス100mキューブというの異例のプロポーションでの提案。
コアの周りにフロアがあるという支配的なツリー状モデル、それを変えたい、都市空間のモデルに近づけたいという欲求に対して
・床をなるべく広くして(メガフロア)・多方向からのアクセスが可能なもの・たくさんの使われ方(貸し方)ができるもの
ということから天井高の高いメガフロアを積層させるという解答に至った。
当然出るであろう批判材料である、空調が大変、コストがかかる、という懸念に対して詳細に技術的な裏付けもやっている。排熱を上に集めることで居住域の空調はそれほどロスがない計画が可能とのこと。さらに床面積に対する外壁率が低いため、相対的に安くできる。結果として
・経路の選択性・ツリーでない構造・都市の中に下町、山の手ができるような不均質性の獲得
が豊かさを生むのではないか。
九州「子供の城」
屋内に遊び場がなかった。子供はどこでも遊びを開発することができるため、プログラムから建築を計画するということができないもの。コンペで勝ったのにも関わらず8棟の分棟を否定され(笑)1棟にした。屋根が起伏を繰り返していろいろな場所を作る、全体が分棟のように見えるひとつながりの空間を作った。プランと整合性があるわけではない、多様な屋根(様々な四角いヴォリュームが)を作る。多様な場所をつくるために、屋根のみに集中したデザイン操作を行っている。
働き場所も子供の場所も同様に、プログラムから導かれないものとして計画しなければいけない。それによって屋根だけのデザインをしたり床だけのデザインをしたりした。そのような建築-プログラムの関係を考えるきっかけがあり、その延長上で大多喜町役場コンペを考えた。
今井兼次設計の大多喜町役場増築コンペ
大多喜町を詳細にリサーチし、特に町屋がきちんと残っていることに特に興味を持った。そんな町の庁舎(見に行った時には1月、寒い)を実際に訪れてみると、断熱材もなく、寒く、コンクリートなども老朽化しており、職員の方々も膝に毛布を掛けたりストーブを炊いたりしているのを目の当たりにした。普通だったら壊して建て替えようとなってしまいそうなところだが、そのような状態にも関わらずそれを残そうとしている町の態度に感銘を受けた。
また、今井兼次がガウディ研究をしていたこともあり旧庁舎(同一敷地内)装飾的なところが多い。そのような空間性も50年愛され続けたものであるということにつながっているのではないか。象徴性と普遍性。そのように50年間保存されたもの、を今後50年活かせるように、古いだけでなく新しいもの、しかし将来古くなることも考えた関係性を提案した。
その根本として、ジョンソンワックス本社ビルのように、「オフィスのフレキシビリティ」と柱のみの造形による「象徴性」を両立できるようなものが提案したかった。それで1次は屋根を提案するということに集中する。1次を通ってから様々な屋根のスタディをした。町のシンボルとしての5角形を使うことから始まり(1次提案)、庁舎の構造である門型のフレームだけ(オーソドックスタイプ)を提案したりする。いろいろなタイプの屋根をスタディ。結果として正方形プランに対して45度にかかる2方向の梁を作っていった。グリッド上の梁ではなく、少し角度をつけるだけで影が多様になる、ということに気づく。その後構造体(梁)のスケールの密度などのスタディをしていき、梁方向について梁のレベルを変えることに。そして最終的に構造の合理性なども加味して45度方向に梁を掛け、大梁の上に小梁(90度回転)という屋根に行き着く。恣意的につくるだけでなく合理性を考えた末。2次プレゼン段階にそういった空間を作りたいというプレゼンをした。
「大多喜に重層する時間と空間」というタイトルでプレゼン時のパワーポイント(1/100くらいの部分平面図とそこでのアクティティ、空間のイメージパースなどがセットになったプレゼンはわかりやすい)を作成。
プレゼンは
1「冗長性と象徴性」というキーワード
2本庁舎の一方向性(門型フレームの長方形ヴォリューム)に対峙する増築棟は2方向性を持つ正方形ヴォリュームの提案
3高い天井高の象徴的な大屋根の増築棟の空間性のアピール
4屋根(現された梁)の作る空間性と、構造設備の合理性
5そこで行われる多様なアクティビティ
6大多喜町によく残存する町屋の屋根(部分的に小屋組が見えていたり、屋根が生み出す多様な空間性)との類似の指摘
という流れ。
5ヶ月くらいやらねばならないコンペだったので命がけだった。4月末に結果が出て今は実施設計の中頃という段階。コンペ案の見直しとスタディをずっとしてきたような状態。実施に入っても未だに屋根の空間のスタディをしている。さらに話し合いで議場、役場など機能の再配置をしなければならず、使い勝手、リクエストによってプランが大きく変わっている。
構造的には門型のフレームが重層して出来ているという形式を守るために柱と耐力壁を分ける、という提案。大梁はねじれに耐えるためにボックス型の鉄骨梁、その上の小梁はH鋼に木を抱かせたもの(座屈防止にも効いている)という構造、屋根はフラット+トップライトという方向性でスタディをする。トップライトを直行させると屋根全体が斜めになる、45度にすると2方向に樋が回る、大梁のレベルを変えず屋根勾配だけを変えるかなど検討した結果今のところ大梁ごと傾ける勾配屋根に、などなど。というのを未だに延々とやっているので決め方がよくわからなかったが、さんざんスタディをしていたのでだんだん見えてきた状態。
古谷:千葉さんの設計のプロセスが見れて驚いた。想像の3倍くらいのスタディがなされている。コンペ時(古谷は審査員)審査員には大多喜町の関係の方も多かったが実は圧勝だった。仮に床はフラットであっても天井(屋根)を集中してデザインするというコンセプトにオフィスアーバニズムなどのバックグラウンドと連関が示されていて展示として完成度が高い。同時に新しいものが加わることで古いものだけではなしえなかった全体像を提示できたということがよかったと再確認したが、新旧庁舎の対峙はどれほど意識したのか。
千葉:増築部分はおおらかな空間がつくれればよい。旧庁舎の門型フレームというボキャブラリーを使いながら細長い平面形の旧庁舎だけでできないものということで正方形の平面を割と早い段階で決定した。が、対比を明らかに意識したわけではない。
古谷:確かに他の案でも正方形は多かった。今回は通常のコンペに比べて1次の次に5社による2次(A1-2枚)を設け、設計の時間を与えようとした。そうしたら千葉さんの屋根は最初(1次)は大多喜の5角形の紋章を屋根に使うと言っていたのに、それが2次ではあっさり格子梁に変わっていた。1次-2次のコンペの段階での進め方はどうだったか?
千葉:やっているほうは長くて苦しい。しかし考える時間が長かったのはよかったとは思う。紋章ではなく(1次で言ったことを2次でやらないということは)格子梁にすることは苦渋の決断だった。しかしダイレクトなシンボリズムは正直どうかな、というのもあったし、5角形は難しく、構造の合理性にたどり着かないと思ったのもあり、変更するに至った。2次提案の時間はほぼ屋根のスタディに費やした。
古谷:近年本格的なコンペがなくなり、簡単なイメージで議論してプロポーザルで選ばれることがほとんどになった。1次のときに出したものしか2次に使えない、という類の(よくある)レギュレーションが実は思考の時間を狭めているのではないか、という問題意識がある。つまり1次にぱっと考えて出したものが通ってヒアリングまで行ってしまうと、深く吟味することなくそれをやらねばいけない状況になっているのではないか。ということで1次はあっさり、2次で5社を選んでから時間を与えてディベロップしていただく、というこのコンペのやり方(2次選出後A12枚を提出し、その後プレゼンというやり方 < 最近の主流は1次で提出したものを選び、それをもとに追加資料なしでプレゼンする)を設定した。
以上、講演メモです。メモなので正確でない部分、興味ないところの恣意的な省略はお許しください。
個人的には屋根に集中するがあまりのファサードの不在(役場の顔として)と、屋根と門型フレームというボキャブラリーを両立させることによって屋根も門型も目立たなくなる問題(つまり屋根なら大屋根が張り出した構造でないと内部しか屋根の恩恵を享受できず屋根としての存在感が薄まる、門型は屋根と構造壁などが必然的に存在することでその価値が把握しにくい)、などが気になった点でしょうか。それはともかくスタディ過程を詳細に追うことができるプロセス派には欠かせない展示+講演会でした。
2009/11/25
香港 - 深圳
2週間ほど前より香港にきております。とあるプロジェクトの関係で現地設計事務所に出向という形。
当初の予定ではいろいろ食べ歩き、ブログにでもアップし続けようかと思っていたのですが、忙しすぎてそれどころじゃなく、一段落しても一人じゃなかなか、という感じのため、出張中こっそりグルメ開拓作戦は不発に終わりそうです。
昨日は深圳に行っていくつかの外注しているもののチェックに行ってきました。香港ではよく外注を(当然安い)深圳の会社にするようで、東京から横浜に行くような感覚で深圳に行きます。電車は満員状態。しかし、さっと入れるのかと思いきや、かなり厳しいimigrationがあり、外国人の僕はきっちりarrivalcardまで書かされ(当然往復で二枚)体温まで計られ、という具合。ちなみに同行した香港人のスタッフはパスポートこそ不要なものの、IDチェックと指紋確認などがあり面倒くさいと言っておりました。
ヨーロッパの国境程度を予想していたので、意外でした。とはいえ、電車かバス+immigrationで香港中心部より計1時間ほど(しかも交通費はかなり安い)行くと、人件費・制作費など何もかも安い都市があるという体験は、想像していた以上に何か不思議。毎日行き来しているビジネスパーソンも多いとのことで、非常に面白いネタなんじゃないかと思ったところですが、ちょっとそんなことしている場合ではない多忙っぷりなので、今後の課題のひとつにしようと思います。
当初の予定ではいろいろ食べ歩き、ブログにでもアップし続けようかと思っていたのですが、忙しすぎてそれどころじゃなく、一段落しても一人じゃなかなか、という感じのため、出張中こっそりグルメ開拓作戦は不発に終わりそうです。
昨日は深圳に行っていくつかの外注しているもののチェックに行ってきました。香港ではよく外注を(当然安い)深圳の会社にするようで、東京から横浜に行くような感覚で深圳に行きます。電車は満員状態。しかし、さっと入れるのかと思いきや、かなり厳しいimigrationがあり、外国人の僕はきっちりarrivalcardまで書かされ(当然往復で二枚)体温まで計られ、という具合。ちなみに同行した香港人のスタッフはパスポートこそ不要なものの、IDチェックと指紋確認などがあり面倒くさいと言っておりました。
ヨーロッパの国境程度を予想していたので、意外でした。とはいえ、電車かバス+immigrationで香港中心部より計1時間ほど(しかも交通費はかなり安い)行くと、人件費・制作費など何もかも安い都市があるという体験は、想像していた以上に何か不思議。毎日行き来しているビジネスパーソンも多いとのことで、非常に面白いネタなんじゃないかと思ったところですが、ちょっとそんなことしている場合ではない多忙っぷりなので、今後の課題のひとつにしようと思います。
2009/10/23
ミシェル・ゴンドリーとAKB48
本日の研究室ミーティングの中で、ミシェル・ゴンドリーとAKB48の話題(なんの研究室なんだか笑)が出ました。ミシェル・ゴンドリーが監督したケミカルブラザーズのPV『Starguiter』、短かったし映像と音楽がずれていたようで、いまいち意味がわからなかった人もいるかもしれませんが、電車の疾走する映像の中で、曲のビート・効果音に併せて信号やポールやタンクなどがリズムよく反復されるというもの。( DVD『DIRECTORS LABEL ミシェル・ゴンドリー 』
所収)
ミシェル・ゴンドリーの特長を一言で言えば、編集性にあります。既知のものを編集して置き換え可能性を提示する、つまり風景なんて要素を入れ替えてもなんら変わらないさと言わんばかりであり、同時にちょっといつものものを入れ替え+置き換えするだけで面白いでしょ、と言うような編集の妙です。
テクノロジーをあまり使わずに映像の組み替えアイディアが多彩なミシェル・ゴンドリー、それとAKB48のメンバー全員揃わなくても問題なし、という交換可能性のアイドルに共通点を見いだした、ということです。偶像であるアイドルのあり方が、これまでの「個人を束ねる」グループ系のアイドルとは(もちろん事後的にメンバーの一員が従来のアイドル化はするのですが)異なるAKB48とミシェル・ゴンドリー、さらに細胞が全て入れ替わっても自分の脳は脳であるといった「生物とは何か」問題、ベルナール・チュミの「空間と機能はすでに1対1ではなく、そこではもはやイベントと空間が断絶している」といった話題、時間変化に伴う社会の変化、ハコものとは何か、などの話題がいろいろ絡むと面白くなるのでは、と(書き散らかしてすみません)思っています。
ミシェル・ゴンドリーの特長を一言で言えば、編集性にあります。既知のものを編集して置き換え可能性を提示する、つまり風景なんて要素を入れ替えてもなんら変わらないさと言わんばかりであり、同時にちょっといつものものを入れ替え+置き換えするだけで面白いでしょ、と言うような編集の妙です。
テクノロジーをあまり使わずに映像の組み替えアイディアが多彩なミシェル・ゴンドリー、それとAKB48のメンバー全員揃わなくても問題なし、という交換可能性のアイドルに共通点を見いだした、ということです。偶像であるアイドルのあり方が、これまでの「個人を束ねる」グループ系のアイドルとは(もちろん事後的にメンバーの一員が従来のアイドル化はするのですが)異なるAKB48とミシェル・ゴンドリー、さらに細胞が全て入れ替わっても自分の脳は脳であるといった「生物とは何か」問題、ベルナール・チュミの「空間と機能はすでに1対1ではなく、そこではもはやイベントと空間が断絶している」といった話題、時間変化に伴う社会の変化、ハコものとは何か、などの話題がいろいろ絡むと面白くなるのでは、と(書き散らかしてすみません)思っています。
2009/10/11
20XX年の建築原理展
銀座INAXギャラリーにて『20XX年の建築原理展』
最終日にすべりこんできました。
本は読んでいたのですが、展示ではさらに多くのスタディ模型が順に並んでいました。そのスタディ(作業量)の多さについて、単純に本の内容に比べて「こんなにやっていたんだ」と感じさせる量で、同行者も同じ感想。プロセス本でありながらスタディの量を強調して掲載しない、掲載案を選別している、とはどういう編集の意図があったのでしょうか?本の質を高めるためにスタディ案を厳選する必要(似たような模型も少なくないですし)があったのか、展示とのギャップを演出(本→展示の場合は有効でも展示 →本の場合は、、?)することで新鮮さを与えようとしたのか、途中の議論を重視してあえて時系列的なスタディプロセスを表現しなかったのか?少なくとも本→展示といった僕の場合は非常に楽しめましたが。予想を上回る驚きをもたらす展覧会の実現とはそう簡単でないはずだし。
ともあれ、会場では平田晃久案と藤本壮介案の模型が時系列的に順に並んでいるのですが、両者の違いが興味深かったです。
山、ビルといったメタファーを使いながら、常に敷地地図と一緒に模型を作成して都市におけるインパクトを模索する藤本。ほとんど最後まで敷地模型なし、本体の形態の原理を追求する平田。それでいて最後には1/100の大きな模型作って敷地外はほとんど省略する藤本と、1/200で敷地外のかなりの範囲まで表現する平田。案の進め方も、平田案がピースの集積とチューブの集積で線形的に発展するのに対し、藤本案は、細長いビルの集積、斜めに密集するビル、イソギンチャク型、入れ子状の山、ポーラスな積層の山、といろいろなアイディアをトライ&エラー。
建築生成の原理を発展させようとする平田と、都市に対するインパクト創出の藤本という対比に彼らの設計スタンスが現れていたように感じます。ただやはり、このプロジェクトの二つの軸となる「建築の原理」と都市に対していかに建築を考えるべきかという「建築生産の原理」との乖離は免れていない。これは案が面白いから余計にそう感じるとも言えますが、展覧会では特に前者よりの印象。普通の人が見て「これは奇抜だけど、、よい!」と言うにはまだハードルがありますね。これはみんなの課題でもあり。
追記:本書(企画)の編集協力のmosakiさんに聞いてみたところ、プロセス本を作っていた段階(毎月建築家が案を出してくる段階)で既に、スタディが選定され、絞られていたとのこと。彼らにとっても展示の時に見た事のなかった多くの模型が出て来たと仰っていました。つまり、案生成のプロセスにおいては何を出すか、そこでそれぞれの建築家としての選定があり、最終案へと進むという、リアルなプロセスがドキュメントとして本になっており、展示ではそれらを振り返った時に裏から出て来た「プロセスのプロセス」としての模型が再編集されたメタプロセスとなって展示を構成していた、といったことですね。そういった二段階のプロセスの提示であるという、ドキュメント企画としては極めて興味深い見方が出来る展覧会でした。見逃した人は本を熟読すべし。
本は読んでいたのですが、展示ではさらに多くのスタディ模型が順に並んでいました。そのスタディ(作業量)の多さについて、単純に本の内容に比べて「こんなにやっていたんだ」と感じさせる量で、同行者も同じ感想。プロセス本でありながらスタディの量を強調して掲載しない、掲載案を選別している、とはどういう編集の意図があったのでしょうか?本の質を高めるためにスタディ案を厳選する必要(似たような模型も少なくないですし)があったのか、展示とのギャップを演出(本→展示の場合は有効でも展示 →本の場合は、、?)することで新鮮さを与えようとしたのか、途中の議論を重視してあえて時系列的なスタディプロセスを表現しなかったのか?少なくとも本→展示といった僕の場合は非常に楽しめましたが。予想を上回る驚きをもたらす展覧会の実現とはそう簡単でないはずだし。
ともあれ、会場では平田晃久案と藤本壮介案の模型が時系列的に順に並んでいるのですが、両者の違いが興味深かったです。
山、ビルといったメタファーを使いながら、常に敷地地図と一緒に模型を作成して都市におけるインパクトを模索する藤本。ほとんど最後まで敷地模型なし、本体の形態の原理を追求する平田。それでいて最後には1/100の大きな模型作って敷地外はほとんど省略する藤本と、1/200で敷地外のかなりの範囲まで表現する平田。案の進め方も、平田案がピースの集積とチューブの集積で線形的に発展するのに対し、藤本案は、細長いビルの集積、斜めに密集するビル、イソギンチャク型、入れ子状の山、ポーラスな積層の山、といろいろなアイディアをトライ&エラー。
建築生成の原理を発展させようとする平田と、都市に対するインパクト創出の藤本という対比に彼らの設計スタンスが現れていたように感じます。ただやはり、このプロジェクトの二つの軸となる「建築の原理」と都市に対していかに建築を考えるべきかという「建築生産の原理」との乖離は免れていない。これは案が面白いから余計にそう感じるとも言えますが、展覧会では特に前者よりの印象。普通の人が見て「これは奇抜だけど、、よい!」と言うにはまだハードルがありますね。これはみんなの課題でもあり。
追記:本書(企画)の編集協力のmosakiさんに聞いてみたところ、プロセス本を作っていた段階(毎月建築家が案を出してくる段階)で既に、スタディが選定され、絞られていたとのこと。彼らにとっても展示の時に見た事のなかった多くの模型が出て来たと仰っていました。つまり、案生成のプロセスにおいては何を出すか、そこでそれぞれの建築家としての選定があり、最終案へと進むという、リアルなプロセスがドキュメントとして本になっており、展示ではそれらを振り返った時に裏から出て来た「プロセスのプロセス」としての模型が再編集されたメタプロセスとなって展示を構成していた、といったことですね。そういった二段階のプロセスの提示であるという、ドキュメント企画としては極めて興味深い見方が出来る展覧会でした。見逃した人は本を熟読すべし。
2009/10/04
建築の社会的価値の変容の追求
伊東豊雄・藤本壮介・平田晃久・佐藤淳『建築20XX年の建築原理へ』INAX出版、2009
INAXギャラリーで行われている『建築20XX年の建築原理へ』展の本書、ギャラリーにはまだ行けていない(来週まで?)のですが、読んでみました。4人が架空のプロジェクトを元に議論したり案を出し合ったりして建築をつくるドキュメント本。
タイトルとなっている新しい建築原理を模索するというテーマで、例えば建築の大学生や大学院生にとっての建築を考えるプロセス本(最良の部類だと思う)として「建築形成の原理」を、社会にまみれた大人のヒトに対して建築とはどういう社会的存在なのかを改めて問いかける「建築生産の原理」ふたつの軸があるようです。
建築案は大変面白く見れましたし、形態とかコンセプトとか建築そのものにももちろん興味がありますが、これくらいの規模の問題設定では、特に日本では社会にどう立ち向かうかといった枠組みの方を重視せざるを得ません。「奇抜だけど、意義有り!」というマニフェスト的なインパクト生成のツールとしてデザインが存在する、そんな感じがしています。
そのような建築生産の原理よりの気になった文言を以下、ざざっと抜粋・引用します。
平田:東京ミッドタウンのプロジェクトや高層マンションなどがぼこぼこ建っていますが、そういうみんなが知っている東京のプロジェクトをアトリエ派の建築家がやっていない p042
伊東:実際にはあそこで仕事をしたい人がたくさんいるのに、仕事をしてはいけないという約束があった。名目上はハウジングにして、住むことを前提にプランニングしないといけなかった。民間のマンションでもそういう規制はありますよね。現実と乖離している p044
平田:最近はマンションでも、同じ間取りが並んでいるのは流行らないらしいです。隣室の人の行動が透明に想像できてしまうから p044
佐藤:昔、鉄の値段が人件費よりもはるかに高かった時代は、力学を追究して鉄を減らした。その時代の架構は力学的にも純粋で美しい。いま日本では人件費のほうが高いので、例えば全部大きなH型鋼でつくってしまえということになっています p046
伊東:コンテクストを連続させながらも、巨大な高層建築が可能だという提案をしたい p92
平田:オフィスだと屋外空間の快適性を評価する指標がほぼないので、とりあえず住居から崩していくのもいいかもしれない。住宅のモデルで考えていって、そこに建築の新しい指標を見出すのがひとつのロジック p126
伊東:デパートでは上の方に人が上がらないかもしれないけど三井のマンションだったら上層階のほうが値段が高い p055
山本:パブリックとプライベートに分けるという発想は、近代建築の一番扱いやすい手法に戻ってしまっている p186
伊東:敷地周辺のパークタワーみたいな高層マンションには住みたくないって、ほとんどの建築家は思っている p189
ちなみに、平田晃久案は僕の昔の修士計画にやや似ております笑。空間を多数化することで建築・都市の価値を変容(パブリック-プライベート、外部-内部、住民-通行人、スキマ-ボリューム、経済原理思想-ノスタルジック思想、建築-都市)させるべしといった、概念的な思考も含めて。
INAXギャラリーで行われている『建築20XX年の建築原理へ』展の本書、ギャラリーにはまだ行けていない(来週まで?)のですが、読んでみました。4人が架空のプロジェクトを元に議論したり案を出し合ったりして建築をつくるドキュメント本。
タイトルとなっている新しい建築原理を模索するというテーマで、例えば建築の大学生や大学院生にとっての建築を考えるプロセス本(最良の部類だと思う)として「建築形成の原理」を、社会にまみれた大人のヒトに対して建築とはどういう社会的存在なのかを改めて問いかける「建築生産の原理」ふたつの軸があるようです。
建築案は大変面白く見れましたし、形態とかコンセプトとか建築そのものにももちろん興味がありますが、これくらいの規模の問題設定では、特に日本では社会にどう立ち向かうかといった枠組みの方を重視せざるを得ません。「奇抜だけど、意義有り!」というマニフェスト的なインパクト生成のツールとしてデザインが存在する、そんな感じがしています。
そのような建築生産の原理よりの気になった文言を以下、ざざっと抜粋・引用します。
平田:東京ミッドタウンのプロジェクトや高層マンションなどがぼこぼこ建っていますが、そういうみんなが知っている東京のプロジェクトをアトリエ派の建築家がやっていない p042
伊東:実際にはあそこで仕事をしたい人がたくさんいるのに、仕事をしてはいけないという約束があった。名目上はハウジングにして、住むことを前提にプランニングしないといけなかった。民間のマンションでもそういう規制はありますよね。現実と乖離している p044
平田:最近はマンションでも、同じ間取りが並んでいるのは流行らないらしいです。隣室の人の行動が透明に想像できてしまうから p044
佐藤:昔、鉄の値段が人件費よりもはるかに高かった時代は、力学を追究して鉄を減らした。その時代の架構は力学的にも純粋で美しい。いま日本では人件費のほうが高いので、例えば全部大きなH型鋼でつくってしまえということになっています p046
伊東:コンテクストを連続させながらも、巨大な高層建築が可能だという提案をしたい p92
平田:オフィスだと屋外空間の快適性を評価する指標がほぼないので、とりあえず住居から崩していくのもいいかもしれない。住宅のモデルで考えていって、そこに建築の新しい指標を見出すのがひとつのロジック p126
伊東:デパートでは上の方に人が上がらないかもしれないけど三井のマンションだったら上層階のほうが値段が高い p055
山本:パブリックとプライベートに分けるという発想は、近代建築の一番扱いやすい手法に戻ってしまっている p186
伊東:敷地周辺のパークタワーみたいな高層マンションには住みたくないって、ほとんどの建築家は思っている p189
ちなみに、平田晃久案は僕の昔の修士計画にやや似ております笑。空間を多数化することで建築・都市の価値を変容(パブリック-プライベート、外部-内部、住民-通行人、スキマ-ボリューム、経済原理思想-ノスタルジック思想、建築-都市)させるべしといった、概念的な思考も含めて。
2009/09/28
SDレビュー2009
今日は代官山ヒルサイドテラスにてSDレビュー2009(註)の最終日に滑り込んで見て来ました。とは言いつつ、4時過ぎに行ったらすでに終了しており、撤去作業の中あわてて見た感じ。
今年は建築的に眼を引くものが少なかったように思います。大学の研究室で取り組んでいるもの、外国人によるもの、海外でのもの、大きなプロジェクト、ワークショップを絡めたもの、構法的な提案など、「プロジェクトの枠組みバリエーション」を重視した審査だったことが想像できます。
気になったもの(半分は撤去中だったので、見逃したということで、、、)は、
中本剛志+リッチー・ヤオ『A Friend’s House in Arizona』
プログラムで分割した3つの長方形ボリュームが重なってできるアリゾナの住宅。非常に明快だし、アイディア一発のみで終わるのではとの予感もしていたが、それぞれの接合部も面白くデザインされており、なかなか密度が高いように感じた。ただし、「プログラムで3つに分割する」にかかわらず、3本のボリュームがほとんど同じ形態・デザインであること(様々なスタディ模型があったが、すべて3本が同じボキャブラリーでできている)に疑問が残る。全体が一つの形式を持つものであるからなお、個々の差異(プログラムごとに)が強調されたほうがよかったのではないか。
僕らの同僚でもある尹敏煥+李東勲+朴敬熙『Folding screen house』
折れ曲がった3つの素材の壁に囲まれて多様な部屋を創り出すという韓国の住宅。洗練された設計とプレゼンだったが、「3つの素材の壁」で構成する必然性があまり説明されていなかった。また、折れ曲がり方、高さによって多様な室が出来ているとはいえ、やはりどこも微差しか生んでいない。周辺環境が何もないようなところなので、ミニマルな操作によって劇的な差異を生むことを目指すべきだったように思う。そういった印象が感じさせるデザインの固さ(=自ら設定したルールに忠実)は彼ら流なので真面目でよいと思うが、例えば床に地形的な高低差を持ち込むだけでより3つの壁が生きていたはず。
などなど。他にも分散居住というプログラムは既知ながらもデザインの発展具合が面白かった畑 友洋『ネットワーク型集合住宅』、グラフィックが可愛く(個人的な好み)建築のファサード(材料)の設計プロセスを考えさせる藤田桃子+河野直+ケリー・フィンガー『Casa en Peru』、丘に2枚の穴のあいた壁が立つ幻想的な平山裕章+増田信吾+大坪克亘『たたずむ壁』など面白そうでしたが、いかんせん撤去中だったので内容は正確に理解できず、、でした。
註:SDレビューは若手建築家の登竜門と言われるコンテスト・展覧会で、実施を前提としたプロジェクトを対象に、入選した15作品程度の展示が行われるもの。実は僕も今年、とてもイケてるプロジェクトを出しましたが、あっと言う間に落選しました笑。審査員が理解しきれず、ということにしておきます。
今年は建築的に眼を引くものが少なかったように思います。大学の研究室で取り組んでいるもの、外国人によるもの、海外でのもの、大きなプロジェクト、ワークショップを絡めたもの、構法的な提案など、「プロジェクトの枠組みバリエーション」を重視した審査だったことが想像できます。
気になったもの(半分は撤去中だったので、見逃したということで、、、)は、
中本剛志+リッチー・ヤオ『A Friend’s House in Arizona』
プログラムで分割した3つの長方形ボリュームが重なってできるアリゾナの住宅。非常に明快だし、アイディア一発のみで終わるのではとの予感もしていたが、それぞれの接合部も面白くデザインされており、なかなか密度が高いように感じた。ただし、「プログラムで3つに分割する」にかかわらず、3本のボリュームがほとんど同じ形態・デザインであること(様々なスタディ模型があったが、すべて3本が同じボキャブラリーでできている)に疑問が残る。全体が一つの形式を持つものであるからなお、個々の差異(プログラムごとに)が強調されたほうがよかったのではないか。
僕らの同僚でもある尹敏煥+李東勲+朴敬熙『Folding screen house』
折れ曲がった3つの素材の壁に囲まれて多様な部屋を創り出すという韓国の住宅。洗練された設計とプレゼンだったが、「3つの素材の壁」で構成する必然性があまり説明されていなかった。また、折れ曲がり方、高さによって多様な室が出来ているとはいえ、やはりどこも微差しか生んでいない。周辺環境が何もないようなところなので、ミニマルな操作によって劇的な差異を生むことを目指すべきだったように思う。そういった印象が感じさせるデザインの固さ(=自ら設定したルールに忠実)は彼ら流なので真面目でよいと思うが、例えば床に地形的な高低差を持ち込むだけでより3つの壁が生きていたはず。
などなど。他にも分散居住というプログラムは既知ながらもデザインの発展具合が面白かった畑 友洋『ネットワーク型集合住宅』、グラフィックが可愛く(個人的な好み)建築のファサード(材料)の設計プロセスを考えさせる藤田桃子+河野直+ケリー・フィンガー『Casa en Peru』、丘に2枚の穴のあいた壁が立つ幻想的な平山裕章+増田信吾+大坪克亘『たたずむ壁』など面白そうでしたが、いかんせん撤去中だったので内容は正確に理解できず、、でした。
註:SDレビューは若手建築家の登竜門と言われるコンテスト・展覧会で、実施を前提としたプロジェクトを対象に、入選した15作品程度の展示が行われるもの。実は僕も今年、とてもイケてるプロジェクトを出しましたが、あっと言う間に落選しました笑。審査員が理解しきれず、ということにしておきます。
2009/08/02
街としてのゲッティセンター
数日前からアメリカ西海岸に来ています。今日はゲッティセンター(リチャード・マイヤー設計)を見学しました。リチャード・マイヤーの集大成と言われる作品であり、石油王ゲッティの膨大なコレクションを、ロサンゼルスを一望できる広大な丘一帯に展示した巨大美術館。まず、車でハイウェイからアクセスしようと走っていると、EXITの標識に「GETTIE CENTER」と出るのに驚いた。その丘には他に何もないこともあるが、「街」と同レベルの扱いとなっている(google社も道に「google」の標識があったが、ハイウェイの標識とは、、)ほどの存在感で、門を入ると地下7層の駐車場がある。そこで車を停め、エレベーターで地上(表示には「パーキングレベル1-7」と「トラムレベル」しかないのがよい。下手に「2F トラム」とか書かれていない )に上がるとトラムで丘の上の美術館まで10分弱。このアクセス方法は、丘の上に巨大美術館があるということを嫌でも意識するため、悪く言えば「権力の誇示」であるが、よく言えば美術館が置かれた「文脈の俯瞰視の提示」である。単純に気分は盛り上がるので、アミューズメントとしては正しく機能していた。
もう一つ驚いたのが、完全に無料(駐車場は15ドルとやや高だが)であって、現在でもかなりの来館者があること。子供から老人、外国人までかなりいろんな種類の人がいたが、まるで公園に来るように、賑わっている。展示は割と古典的なものが多い。人は展示室内部にももちろん多いが、その外の中庭や広場(多種の広場が設計されている)に人が多い。これだけのコレクションを無料で開放することもすごいが、丘の上(ロス中心部から30分程度だが周りには何もなし)の美術館にこれだけ人が集まるという文化的底力を感じざるを得ない。本当に、丘の街というような存在で、市民や観光客が休日に一日かけて遊びに訪れるような場所になっていた。
建築としては集大成とは言え、既知のボキャブラリーで作られているため、空間構成は気持ちがよいが新鮮な感じはしない。上質なリゾートといった感じ。ただ、すべての建築の壁や床や中庭も含めて、800角の白いパネルと、削り出しのトラバーチン、磨かれたトラバーチン(に加えて4割の200角のトラバーチンを細部にあしらう)といった同じ寸法体系でつくりながら素材を変えていくという手法はよかったと思う。マイヤーは丸などの幾何学も入れたり環境に合わせて軸を振ったりしているけど、現代的なアプローチとしてはそのことに集中できるように余計なこと、主題をぼかすことはなるべくしないだろう。そもそもゲッティセンターの設計のこの操作を主題と読んでいるのも意識的な誤読である。でもそのようなコンセプト偏重にしたときに、このような「リゾート」的な、誰もが心地よいと感じる豊かさが出せるかどうかは難しい。
2009/07/09
計画学の拡張を支える観察眼的思考
古谷誠章『がらんどう』王国社, 2009
僕の師でもある古谷誠章の新著、過去の論文を再編集したものであるが、さすがに出典が古い。10年以上前の文章すらある。では内容が時代遅れか、というと意外とそんなことは感じさせず、古谷の設計時における、「自由な計画」手法につながる「現象の解釈」手法について、といった内容が、実作を中心に述べられる。多くの引き出しから多様な技を繰り出し、人々をどんどん引きつけてその気にさせていく話術(ストーリーの構成能力)は、あの人噺家だからネと妬まれることも少なくないほどだが、そういった論理的でありながらイメージを喚起させるようなネタがどこから生まれるのかを検証することができる。
古谷は計画学の拡張を試みる建築家として捉えられることが多いが、その原点は多角的な観察眼的思考にある。表題となった『がらんどう』は、多目的に使える一室空間についての考察であって、一般的な「一室空間で可動間仕切りがあればなんにでも対応」概念に抵抗するものである。すべてを満足させようとして対応可能な状態にすると、すべてについてそこそこしか満足できないという状況が往々にして起こる。ただ空箱を用意するのではなく、どんな空箱かということが話題の焦点であるべきだという観点から、傾斜の広場、ヴェネツィアの水、太田省吾の舞台、らせんの形、家具の色、駅舎ホームでの人の行動、見え隠れの関係、空間における新旧、異国の都市のふるまい等、様々な空間のもたらす効用を考察する。
コンペなどの審査員を多く手がける古谷によれば、近年の学生のアイディアコンペは案がいくつかのタイプに固まる傾向が強く、その中でも特に「多様な行動を誘発する一室空間」タイプが蔓延しているという。室と室の関係を考える結果、その「つながり」が、唯一フツーの部屋割りで出来た建物との差別化の手法として定着しているせいか、結果としてかなりの案が一室空間タイプのバリエーションにすぎないらしい。おそらく2000年前後によく(改めて)話題になったnLDK批判(家族形態の変容)から派生したものだが、もちろんそうした形式自体を否定する必要はなく、一室空間タイプでいいアイディアもそれなりに出ているとは思う。ただ、それらの問題点は(見慣れた形式に回収されるという批判は除いたとして)その多くが創られた空間が及ぼす効果の「期待」に留まっており、効果に対する信頼性に欠ける、ということが多い。ある目的で特異な形態が生まれたとしても、それが特異な形態を生むための恣意的な効果の設定である場合や、あいまいな効果の設定である場合では、社会的な価値は薄まる。また、それは計画を放棄することにも近い。そうならないように、出来たモデルを確実に効果的なものとするための手段として、あるいはそれを効果的であると説明するための手段として観察眼的思考があり、そうした多くの観察から生まれる保証された操作の集積が、古谷の建築思考の根幹となっている。
僕の師でもある古谷誠章の新著、過去の論文を再編集したものであるが、さすがに出典が古い。10年以上前の文章すらある。では内容が時代遅れか、というと意外とそんなことは感じさせず、古谷の設計時における、「自由な計画」手法につながる「現象の解釈」手法について、といった内容が、実作を中心に述べられる。多くの引き出しから多様な技を繰り出し、人々をどんどん引きつけてその気にさせていく話術(ストーリーの構成能力)は、あの人噺家だからネと妬まれることも少なくないほどだが、そういった論理的でありながらイメージを喚起させるようなネタがどこから生まれるのかを検証することができる。
古谷は計画学の拡張を試みる建築家として捉えられることが多いが、その原点は多角的な観察眼的思考にある。表題となった『がらんどう』は、多目的に使える一室空間についての考察であって、一般的な「一室空間で可動間仕切りがあればなんにでも対応」概念に抵抗するものである。すべてを満足させようとして対応可能な状態にすると、すべてについてそこそこしか満足できないという状況が往々にして起こる。ただ空箱を用意するのではなく、どんな空箱かということが話題の焦点であるべきだという観点から、傾斜の広場、ヴェネツィアの水、太田省吾の舞台、らせんの形、家具の色、駅舎ホームでの人の行動、見え隠れの関係、空間における新旧、異国の都市のふるまい等、様々な空間のもたらす効用を考察する。
コンペなどの審査員を多く手がける古谷によれば、近年の学生のアイディアコンペは案がいくつかのタイプに固まる傾向が強く、その中でも特に「多様な行動を誘発する一室空間」タイプが蔓延しているという。室と室の関係を考える結果、その「つながり」が、唯一フツーの部屋割りで出来た建物との差別化の手法として定着しているせいか、結果としてかなりの案が一室空間タイプのバリエーションにすぎないらしい。おそらく2000年前後によく(改めて)話題になったnLDK批判(家族形態の変容)から派生したものだが、もちろんそうした形式自体を否定する必要はなく、一室空間タイプでいいアイディアもそれなりに出ているとは思う。ただ、それらの問題点は(見慣れた形式に回収されるという批判は除いたとして)その多くが創られた空間が及ぼす効果の「期待」に留まっており、効果に対する信頼性に欠ける、ということが多い。ある目的で特異な形態が生まれたとしても、それが特異な形態を生むための恣意的な効果の設定である場合や、あいまいな効果の設定である場合では、社会的な価値は薄まる。また、それは計画を放棄することにも近い。そうならないように、出来たモデルを確実に効果的なものとするための手段として、あるいはそれを効果的であると説明するための手段として観察眼的思考があり、そうした多くの観察から生まれる保証された操作の集積が、古谷の建築思考の根幹となっている。
2009/07/07
ランドスケープへの懐疑
landscape network 901*編『ランドスケープ批評宣言』INAX出版, 2002
ランドスケープという言葉は、不思議な麻痺作用を持っている。ランドスケープのデザインというと、何をやっていてもだいたい承認されてしまうような部分が少なからずある。それは自然は尊い、緑豊か、といった免罪的な概念と等しく、受け取る側の批評する言葉を奪うからであろう。そんなランドスケープに対して批評の言葉(=新たな作法)を発見しようというのが本書である。冒頭で山内彩子が述べている「誰しもイメージとして「ランドスケープ」のスタイル(型)があり、それらが無意識のうちにどこかで共有されているのではないか」というランドスケープ幻想をどう扱うかというのが、ひとつの軸として設定されている。
高橋靖一郎「自然をみちびくデザイン 引用と模倣を超えて」では、自然が「都市の諸問題をあぶり出すカウンター」としての役割を担って来ており、自然の中で緑化というヴォキャブラリーを適用しても必然性がないように、都市に包含されるものとして自然が扱われてきたとする。自然という免罪符のもと「既存デザインのコピー&ペーストを繰り返したような」公園の再生産、「緑の質と量の確保に豊かな都市生活のイメージを重ねた理想像の提案」が繰り返されている中で、「対象となる空間の環境改善にどれほど寄与してきたかを自覚的に見極めること」と主張する。
小野良平「公園の近代 制度の誕生と計画論の隘路」は、公園が近代社会によって生み出された制度であるとし、「公園の有用性の議論は終わることなく繰り返され、現在でもたびたび国の審議会などの話題となり、かつての機能論と変わりない議論の中、機能のメニューだけが変化」するにすぎないことを指摘する。公園を機能でとらえるのはユニークだが、しかしその通りである。座る、歩く、緑、集まる、運動するといった機能は、公園においては(空間的に)あってないようなものだが、そんな公園に対して機能でものを語るということは、もともと少ない論点を抽象度をあげて並べているにすぎない。建築以上に細やかな計画、作法が必要とされるにもかかわらず、緑、いいですね、運動広場、ああ健康的ですね、遊歩道、憩いの場ですね、といったように公園の計画を機能で議論することの無意味さがまかり通っているようだ。
他にも数人によってランドスケープといった枠組みそのものへの批評がなされており、その中でも新鮮な概念を提示しているものもあるが、全体としてはいまだにランドスケープを正統に評価する軸はぼんやりしているように思える。それはおそらくイメージの問題(=個人の嗜好に影響される)か、建前的な機能の問題(=デザインの捨象)の中間点が提示されにくいことによる。とは言っても、もちろんいいランドスケープデザインはそれなりに実現されているのだがその中で、これは新しいぞ、といえるようなものが少ないように思えるのは、やはり理論不足であるという状況にあるようだ。手法が発見・分析されきっていない、と言うべきか、視る側の評価軸不足というべきか。
クリストの布が何かを表現したものではなくて、何かを可視化するものであることのように、現代においてはデザインによって何かを表現することより、デザインによって何か状況を変えることのほうが優位にあるとされる。とすると何かを表現しようのない(ドバイなどを除いて)ランドスケープデザインは、それがなかったことに比べて、知らされることで初めて体感できる割合が多いわけで、より高度な概念を持ち得るはずなのだ。ひとつの方向性にすぎないけれど、そういった概念としてアースワーク的なものが参照されるべき部分は多いのに、本書にそういった項目がないのが少々残念。
ランドスケープという言葉は、不思議な麻痺作用を持っている。ランドスケープのデザインというと、何をやっていてもだいたい承認されてしまうような部分が少なからずある。それは自然は尊い、緑豊か、といった免罪的な概念と等しく、受け取る側の批評する言葉を奪うからであろう。そんなランドスケープに対して批評の言葉(=新たな作法)を発見しようというのが本書である。冒頭で山内彩子が述べている「誰しもイメージとして「ランドスケープ」のスタイル(型)があり、それらが無意識のうちにどこかで共有されているのではないか」というランドスケープ幻想をどう扱うかというのが、ひとつの軸として設定されている。
高橋靖一郎「自然をみちびくデザイン 引用と模倣を超えて」では、自然が「都市の諸問題をあぶり出すカウンター」としての役割を担って来ており、自然の中で緑化というヴォキャブラリーを適用しても必然性がないように、都市に包含されるものとして自然が扱われてきたとする。自然という免罪符のもと「既存デザインのコピー&ペーストを繰り返したような」公園の再生産、「緑の質と量の確保に豊かな都市生活のイメージを重ねた理想像の提案」が繰り返されている中で、「対象となる空間の環境改善にどれほど寄与してきたかを自覚的に見極めること」と主張する。
小野良平「公園の近代 制度の誕生と計画論の隘路」は、公園が近代社会によって生み出された制度であるとし、「公園の有用性の議論は終わることなく繰り返され、現在でもたびたび国の審議会などの話題となり、かつての機能論と変わりない議論の中、機能のメニューだけが変化」するにすぎないことを指摘する。公園を機能でとらえるのはユニークだが、しかしその通りである。座る、歩く、緑、集まる、運動するといった機能は、公園においては(空間的に)あってないようなものだが、そんな公園に対して機能でものを語るということは、もともと少ない論点を抽象度をあげて並べているにすぎない。建築以上に細やかな計画、作法が必要とされるにもかかわらず、緑、いいですね、運動広場、ああ健康的ですね、遊歩道、憩いの場ですね、といったように公園の計画を機能で議論することの無意味さがまかり通っているようだ。
他にも数人によってランドスケープといった枠組みそのものへの批評がなされており、その中でも新鮮な概念を提示しているものもあるが、全体としてはいまだにランドスケープを正統に評価する軸はぼんやりしているように思える。それはおそらくイメージの問題(=個人の嗜好に影響される)か、建前的な機能の問題(=デザインの捨象)の中間点が提示されにくいことによる。とは言っても、もちろんいいランドスケープデザインはそれなりに実現されているのだがその中で、これは新しいぞ、といえるようなものが少ないように思えるのは、やはり理論不足であるという状況にあるようだ。手法が発見・分析されきっていない、と言うべきか、視る側の評価軸不足というべきか。
クリストの布が何かを表現したものではなくて、何かを可視化するものであることのように、現代においてはデザインによって何かを表現することより、デザインによって何か状況を変えることのほうが優位にあるとされる。とすると何かを表現しようのない(ドバイなどを除いて)ランドスケープデザインは、それがなかったことに比べて、知らされることで初めて体感できる割合が多いわけで、より高度な概念を持ち得るはずなのだ。ひとつの方向性にすぎないけれど、そういった概念としてアースワーク的なものが参照されるべき部分は多いのに、本書にそういった項目がないのが少々残念。
2009/07/02
『アメリカ大都市の死と生』と都市計画におけるヒューマニティ
ジェーン・ジェイコブス, 黒川紀章訳『アメリカ大都市の死と生』鹿島出版会, 1977(原著は1961)
近代の都市計画が現実のものとなってきた1961年に、すでに近代都市の死を宣言していた本書。本書前半(4章あるうち原著の内の前半2章が日本語版として流通しているものであるが、本人の了承も得ているそう)は、安全性、人々の接触可能性、子供という3つの観点から歩道の重要性を解き、公園、近隣住区のあり方について主張する。要は下町的、ヒューマンスケールの都市礼賛であり、「輝ける都市」的な近代都市計画が人間性を失っていることへの強いアンチテーゼである。後半は「混用地域の必要性」「小規模ブロックの必要性」「古い建物の必要性」「集中の必要性」などを主張し、それらが多様な都市を生むとする。
そのような本書の主張のほとんどが現代においては自明なことのように感じられる。現代では反対しずらい<正しい意見>として成立しているものである。唯一意見が分かれそうなものが集中の必要性として「人々の都市集中についての消極的な感覚は、生き生きとした計画ができない条件を作り出してきたのである。都市自体にとって、あるいはその設計、計画、経済、あるいは人間にとって密度の高い都市人口が本質的に望ましくないという感情が先天的にあった。しなくてはならないことは、都市生活の発展に機会を提供するに十分に密で、そのうえ多様な集中状態において、そこに住んでいる都市の人々の都市生活を向上させること」と、優れた都市のためには高密度化が前提であるとしている点だろうか。これとてまったく新しい議論ではないが、少なくとも低密度を主張する反対派も多いだろう。あるいはコンパクトシティ論的には、余白を残すために部分を高密度化するというテーゼであって、人口増大(都市拡大)などの問題を前提に高密度を<受け入れる>のと、高密度を<促進>するのとでは差異がある。「下町の復権」などとまとめられることも多い本書の中で、この集中の項が同居していることが面白い。というかそこを本書をただのノスタルジーに落とさないぎりぎりの線だったのではないだろうか。
このような、集中するほどよいというのはまさしく複雑系的思考だが、スティーブン・ジョンソンが自己組織システム的な観点から、ジェイコブスが言う歩道の主張を「歩道は、正しい種類の局所的な相互作用を、正しい数だけ提供する。それは都市生活のギャップ・ジャンクションなのだ」(スティーブン・ジョンソン, 山形浩生訳『創発』ソフトバンクパブリッシング, 2004
)と再評価している。歩道はアリのコロニーで言えば嗅覚のようなものであって、働きアリ達が嗅覚でコミュニケーションをとるからコロニーが成立する、つまり都市における創発を支える媒介であるとする。車がなぜいけないかということについてジェイコブスは比較的ノスタルジックな主張に留まっていたが、ジョンソンの言うように系からはずれるから、という単純なことである。そこから考えれば、現代においてはいかに系を設定するか、ということをもっと重要視するべきだろう。ヘッドホンして歩く人とその他の人はある側面では違う系として見られるべきかもしれないし、ヤンキー、主婦、老人、外人等、人種や階級でカテゴライズされた人々、普段ふれあうことのない人々がネットとか趣味とか(趣味は比較的キャラクターのカテゴライズに関係してくるから単純ではないかもしれないが)の別の系でつながる仕組みを考える、あるいはそうなりつつある系の運用の仕方を考える必要があるかもしれない。
もう少し本書を斜めから読むと、あたりまえのこと言っているようでも、古典としての扱いで引用され続けてきた、ということの意味を考えるべきかもしれない。1961年だとしても、近代都市計画に反対した人が他にいないわけがなく、皆が近代都市に夢を持っていたということを差し引いても新しい非人間的な計画(あるいは発展)への憂慮があったのは明らかである。様々な議論がされており、ゾーニングひとつとっても喧々諤々だたったにちがいない。そんな中で本書が画期的に新しい視座をもたらしたと考えることはできないし、つまり本書の主張が反対派の擁護に使われたり、計画を押し進める側のエクスキューズに使われたりと、政治的に扱われてきた、という面は否定できないだろう。
現在の都市計画は本書が主張するような「既知感たっぷりだが、正しい」ヒューマニティを盛り込んだ、都市計画が主流である。ヒューマンスケール、エコ、緑、風の抜ける街路、安全、コミュニティなどのポリティカルコレクトネスをちりばめる。そんな正論を主張されても新しくない、つまらない計画じゃないか、なんて批判も実際のクライアントや世論の前では価値がないのはあきらかで、普通であっても正しいことの積み重ねでものごとが決定されていく。他と同じでも快適ならよいではないか、と。もちろんそれはいいことなんだけど、というかそれらは最低限であって、それ以外のところを問題の焦点にしていかないとだめ、というのがなかなか伝わりにくい。そんな中で、生活する人々の系を操作するというのは、社会の変化とも関係してくるし、面白いテーマかもしれない。
ところで、本書の主張の軸は多様性が必要だということであるが、いまだに変わらずにむしろより必要であるとすら思われるその主張は、この時代から始まった流行だった。しかしなんとなく『建築の多様性と対立性』
(原著は1966年)がそのようなことを言い出した最初のように感じていたが、年代を整理してみると本書のほうが5年早かったようだ。
近代の都市計画が現実のものとなってきた1961年に、すでに近代都市の死を宣言していた本書。本書前半(4章あるうち原著の内の前半2章が日本語版として流通しているものであるが、本人の了承も得ているそう)は、安全性、人々の接触可能性、子供という3つの観点から歩道の重要性を解き、公園、近隣住区のあり方について主張する。要は下町的、ヒューマンスケールの都市礼賛であり、「輝ける都市」的な近代都市計画が人間性を失っていることへの強いアンチテーゼである。後半は「混用地域の必要性」「小規模ブロックの必要性」「古い建物の必要性」「集中の必要性」などを主張し、それらが多様な都市を生むとする。
そのような本書の主張のほとんどが現代においては自明なことのように感じられる。現代では反対しずらい<正しい意見>として成立しているものである。唯一意見が分かれそうなものが集中の必要性として「人々の都市集中についての消極的な感覚は、生き生きとした計画ができない条件を作り出してきたのである。都市自体にとって、あるいはその設計、計画、経済、あるいは人間にとって密度の高い都市人口が本質的に望ましくないという感情が先天的にあった。しなくてはならないことは、都市生活の発展に機会を提供するに十分に密で、そのうえ多様な集中状態において、そこに住んでいる都市の人々の都市生活を向上させること」と、優れた都市のためには高密度化が前提であるとしている点だろうか。これとてまったく新しい議論ではないが、少なくとも低密度を主張する反対派も多いだろう。あるいはコンパクトシティ論的には、余白を残すために部分を高密度化するというテーゼであって、人口増大(都市拡大)などの問題を前提に高密度を<受け入れる>のと、高密度を<促進>するのとでは差異がある。「下町の復権」などとまとめられることも多い本書の中で、この集中の項が同居していることが面白い。というかそこを本書をただのノスタルジーに落とさないぎりぎりの線だったのではないだろうか。
このような、集中するほどよいというのはまさしく複雑系的思考だが、スティーブン・ジョンソンが自己組織システム的な観点から、ジェイコブスが言う歩道の主張を「歩道は、正しい種類の局所的な相互作用を、正しい数だけ提供する。それは都市生活のギャップ・ジャンクションなのだ」(スティーブン・ジョンソン, 山形浩生訳『創発』ソフトバンクパブリッシング, 2004
もう少し本書を斜めから読むと、あたりまえのこと言っているようでも、古典としての扱いで引用され続けてきた、ということの意味を考えるべきかもしれない。1961年だとしても、近代都市計画に反対した人が他にいないわけがなく、皆が近代都市に夢を持っていたということを差し引いても新しい非人間的な計画(あるいは発展)への憂慮があったのは明らかである。様々な議論がされており、ゾーニングひとつとっても喧々諤々だたったにちがいない。そんな中で本書が画期的に新しい視座をもたらしたと考えることはできないし、つまり本書の主張が反対派の擁護に使われたり、計画を押し進める側のエクスキューズに使われたりと、政治的に扱われてきた、という面は否定できないだろう。
現在の都市計画は本書が主張するような「既知感たっぷりだが、正しい」ヒューマニティを盛り込んだ、都市計画が主流である。ヒューマンスケール、エコ、緑、風の抜ける街路、安全、コミュニティなどのポリティカルコレクトネスをちりばめる。そんな正論を主張されても新しくない、つまらない計画じゃないか、なんて批判も実際のクライアントや世論の前では価値がないのはあきらかで、普通であっても正しいことの積み重ねでものごとが決定されていく。他と同じでも快適ならよいではないか、と。もちろんそれはいいことなんだけど、というかそれらは最低限であって、それ以外のところを問題の焦点にしていかないとだめ、というのがなかなか伝わりにくい。そんな中で、生活する人々の系を操作するというのは、社会の変化とも関係してくるし、面白いテーマかもしれない。
ところで、本書の主張の軸は多様性が必要だということであるが、いまだに変わらずにむしろより必要であるとすら思われるその主張は、この時代から始まった流行だった。しかしなんとなく『建築の多様性と対立性』
2009/06/28
アクソメ的思考からの逆流
坂牛卓「景観・法・建築家」(『10+1 No.43 特集 都市景観スタディ』INAX出版, 2006
所収)
本論文は東京都の景観規制のひとつである「眺望の保全に関する景観誘導指針」(2006年4月に東京都が景観法の条例化にさきがけて策定した指針。当時、神宮外苑絵画館、迎賓館、国会議事堂を対象にそれらの後方の視界に入る建物についての規制)について、それがパースペクティブな観点から成立していることを指摘、ロンドンの景観規制(セント・ポール大聖堂や国会議事堂の眺望を確保するものであるが、対象物の後方だけでなく前方も規定)がアクソメ的観点の指針であることとの違いから、建築に対する視点に関しての論を展開している。東京の「誘導指針」で前方規制がないことは、ロンドンと違って「指定建物を遠景から眺め下ろすような場所がないから」らしい。坂牛は、東京都が指定したそれらの建造物が「並木によって強調されたパースペクティブなシンメトリー軸上から見るように作られたパース的建物群」であるとし、この条例がパース的視点にしか対応していないことから「景観に関わる本質的な問題」つまり視点とはパースか?(1視点か?)という問いを投げかける。1視点のパースに比べ、アクソメは多視点、視点の移動を可能にしながら時間性を内在させることがキュビズムと相同性があるとし、近代以降の建築はアクソメ的だと言う。
坂牛は「都市の中にはパース的視線によって作られた歴史的建物と、アクソメ的視線によって作られたモダニズム以降の建物が混在する。その量はロンドンのような西欧の古い都市では前者が多く」「東京では後者が多い」と指摘(それは自明のことかもしれないが、モダニズム以前 / 以降をパース / アクソメ的視点の違いという部分に着目しているのが新鮮だった)する。そしてパース的建築物の保護は歴史的観点から(パース的=前近代的としているから)妥当としながらも、「眺望指針」がアクソメ的景観へ対応できるかどうかを問う。そこから建築する際に不可避的に参照することになる隣接建物が過去のものであることと、都市計画的な大型プロジェクトの隣接建物が過去でない(一体的な開発)ということを比較しながら、アクソメ的視点が生む「<部分>の関係性」や「パラドックス化を回避するためには自己の外部に参照点を見つけること」であり、それらの伴う時間性を考えるべきといった主張に展開させるあたりはなるほどと思わせるものがあった。
現在の建築表現の主流としてパースかアクソメかと言えば、完全にパースであると言えるだろう。しかしそこで話題にされるのは視点の在処や性質の問題ではなく、リアルか、リアルでないか、であることが多い。パースは見たままを写すことから(画角がリアルかどうか、表現がリアルかどうかは関係なく)リアルなものとみなされる。それに対してアクソメは、リアルではないが構成把握のためにはわかりやすいものとして、説明的なものとして、利用される。もちろん建築表現の技術が進んでよりリアルなCG的なパースが普及し(あるいは施主が求めるようになった)たことも関係あるだろうが、雑誌やコンペのメインの絵でアクソメなどまず出てこない。つまり今の若い世代にとってみたらパースが現代で、アクソメが現代以前なのであり、近代以前のある時期(ルネサンス)にパースが「発見」されたにすぎないのだ。
そんな、パースが現在でアクソメが過去、と思っているような状況に対して、最近僕らはカウンター的に(計画学的な確信ももちろんあったのだけれど)アクソメ思考を利用しようとしていたのだが、それがカウンターでもなんでもないことを改めて感じさせられたようだ。少なくともパース的思考よりは現代的だとは思っているが、現在日本の建築界に多く見られるパース的思考の亜種として蔓延しつつあるような「雰囲気派」も、そうした観点からすればアクソメ的思考だったのかもしれない。そう考えると、世界の建築がその表現の過剰さも相まってパース的思考に逆流しているように思える中、日本の傾向をアピールする一つの武器としてアクソメ的思考がある、と言い張るべきなのだ。きっと。
本論文は東京都の景観規制のひとつである「眺望の保全に関する景観誘導指針」(2006年4月に東京都が景観法の条例化にさきがけて策定した指針。当時、神宮外苑絵画館、迎賓館、国会議事堂を対象にそれらの後方の視界に入る建物についての規制)について、それがパースペクティブな観点から成立していることを指摘、ロンドンの景観規制(セント・ポール大聖堂や国会議事堂の眺望を確保するものであるが、対象物の後方だけでなく前方も規定)がアクソメ的観点の指針であることとの違いから、建築に対する視点に関しての論を展開している。東京の「誘導指針」で前方規制がないことは、ロンドンと違って「指定建物を遠景から眺め下ろすような場所がないから」らしい。坂牛は、東京都が指定したそれらの建造物が「並木によって強調されたパースペクティブなシンメトリー軸上から見るように作られたパース的建物群」であるとし、この条例がパース的視点にしか対応していないことから「景観に関わる本質的な問題」つまり視点とはパースか?(1視点か?)という問いを投げかける。1視点のパースに比べ、アクソメは多視点、視点の移動を可能にしながら時間性を内在させることがキュビズムと相同性があるとし、近代以降の建築はアクソメ的だと言う。
坂牛は「都市の中にはパース的視線によって作られた歴史的建物と、アクソメ的視線によって作られたモダニズム以降の建物が混在する。その量はロンドンのような西欧の古い都市では前者が多く」「東京では後者が多い」と指摘(それは自明のことかもしれないが、モダニズム以前 / 以降をパース / アクソメ的視点の違いという部分に着目しているのが新鮮だった)する。そしてパース的建築物の保護は歴史的観点から(パース的=前近代的としているから)妥当としながらも、「眺望指針」がアクソメ的景観へ対応できるかどうかを問う。そこから建築する際に不可避的に参照することになる隣接建物が過去のものであることと、都市計画的な大型プロジェクトの隣接建物が過去でない(一体的な開発)ということを比較しながら、アクソメ的視点が生む「<部分>の関係性」や「パラドックス化を回避するためには自己の外部に参照点を見つけること」であり、それらの伴う時間性を考えるべきといった主張に展開させるあたりはなるほどと思わせるものがあった。
現在の建築表現の主流としてパースかアクソメかと言えば、完全にパースであると言えるだろう。しかしそこで話題にされるのは視点の在処や性質の問題ではなく、リアルか、リアルでないか、であることが多い。パースは見たままを写すことから(画角がリアルかどうか、表現がリアルかどうかは関係なく)リアルなものとみなされる。それに対してアクソメは、リアルではないが構成把握のためにはわかりやすいものとして、説明的なものとして、利用される。もちろん建築表現の技術が進んでよりリアルなCG的なパースが普及し(あるいは施主が求めるようになった)たことも関係あるだろうが、雑誌やコンペのメインの絵でアクソメなどまず出てこない。つまり今の若い世代にとってみたらパースが現代で、アクソメが現代以前なのであり、近代以前のある時期(ルネサンス)にパースが「発見」されたにすぎないのだ。
そんな、パースが現在でアクソメが過去、と思っているような状況に対して、最近僕らはカウンター的に(計画学的な確信ももちろんあったのだけれど)アクソメ思考を利用しようとしていたのだが、それがカウンターでもなんでもないことを改めて感じさせられたようだ。少なくともパース的思考よりは現代的だとは思っているが、現在日本の建築界に多く見られるパース的思考の亜種として蔓延しつつあるような「雰囲気派」も、そうした観点からすればアクソメ的思考だったのかもしれない。そう考えると、世界の建築がその表現の過剰さも相まってパース的思考に逆流しているように思える中、日本の傾向をアピールする一つの武器としてアクソメ的思考がある、と言い張るべきなのだ。きっと。
2009/06/27
手法論の現在性
磯崎新『手法が』美術出版社, 1979
磯崎新の初期三部作として『空間へ』『建築の解体
』と並ぶ本書、『建築の解体
』 は今なお(今だからこそ)褪せることない斬新な概念を提示(紹介)している名著であるが、『手法が』は<手法>というものを焦点に論を扱っていることに時 代を感じざるを得ない。当時においてもおそらく「あえて感」はあったのだろう。しかし手法という誰でも使用するものを言語として顕在化し、自分の主張に引き寄せ るという磯崎の(それこそ)手法が「あえて手法を論ずる」ことであり、そうしたメタ的な概念操作は非常に高度であると感じる。
本書の手法 論の初出は1972年。1970年代というのは「近代建築への批判」、「反近代建築的なもの」が一段落して熱が冷めた時代であると言える(60年代の構想 の実現が難しかったことも無関係ではないだろう)が、1972年に『ラスヴェガス』(邦訳は1978年)、1978年に『錯乱のニューヨーク』といったよ うに、「建築への反抗」が「建築自体の失効」に変化していった。60年代的なものをまとめた『建築の解体
』 (発行は1975年)、それに対して設計での解答を示そうというのが本書であると理解できる。建築が解体されつつある時に、その<手法>をあらためて取り 上げておきながら、しかしそれこそがプロの建築家による設計を「手法」というツール化することで解放させる、解体そのものであった。「かくして、<手法> は、空間内に混成系を成立させるためにうみだされるのだが、それは、対象に応じていくつも開発されていい。個人の手の痕跡をひたすら求めようとするのは、 必ずしも手法にはなりえない」と、ツール化されることで、建築家の職能がもはや主題ではなくなることを示し、「常に選択可能で、無名化した操作の系とし て」解放する。そして「一種の自動律をもって自己運動するような方式に支えられて、はじめて手の恣意的な痕跡が消滅しはじめるのである」
恣 意的な痕跡が消滅しはじめるとどうなるのか。政治性をはらみ、記号となり、修辞(構成要素の配列に変化を加えること)へと展開していく。「デザインがデザ インだけとして論じられ」ず、「外在する論理からの評価も、建築への真実の姿をおおいかくす」ことに目もくれず、<手法>が別の意味を持ちながら、それ自 体自立するようになる。そうして「結果」としてのデザインよりもその「過程」が主題になっていく。
こういった論が現在の、プロセス重視= 受け手(施主)にやさしい建築という図式、建築界で絶えず続いている設計の恣意性について議論、あるいはアルゴリズムなどの新しい設計手法(形態決定方 法)の探索、等の流れにつながっていくのだろう。逆に言えばそのような概念の系譜を意識的に創ったのは磯崎であると言えるのかもしれない。
磯崎新の初期三部作として『空間へ』『建築の解体
本書の手法 論の初出は1972年。1970年代というのは「近代建築への批判」、「反近代建築的なもの」が一段落して熱が冷めた時代であると言える(60年代の構想 の実現が難しかったことも無関係ではないだろう)が、1972年に『ラスヴェガス』(邦訳は1978年)、1978年に『錯乱のニューヨーク』といったよ うに、「建築への反抗」が「建築自体の失効」に変化していった。60年代的なものをまとめた『建築の解体
恣 意的な痕跡が消滅しはじめるとどうなるのか。政治性をはらみ、記号となり、修辞(構成要素の配列に変化を加えること)へと展開していく。「デザインがデザ インだけとして論じられ」ず、「外在する論理からの評価も、建築への真実の姿をおおいかくす」ことに目もくれず、<手法>が別の意味を持ちながら、それ自 体自立するようになる。そうして「結果」としてのデザインよりもその「過程」が主題になっていく。
こういった論が現在の、プロセス重視= 受け手(施主)にやさしい建築という図式、建築界で絶えず続いている設計の恣意性について議論、あるいはアルゴリズムなどの新しい設計手法(形態決定方 法)の探索、等の流れにつながっていくのだろう。逆に言えばそのような概念の系譜を意識的に創ったのは磯崎であると言えるのかもしれない。
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